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復帰式典での上原康助氏発言の波紋
 5月15日の「沖縄復帰40周年式典」を終え上京すると、国会は、衆議院の「社会保障と税の一体改革に関する特別委員会」を除いて、動く気配がない。参議院で問責決議を受けた2大臣の辞任・更迭を要求する野党と、審議促進を図る与党がせめぎ合っている。解散総選挙の時期も複雑に絡み、民主党内の事情も加わって、国会審議が足踏み状態だ。

 その中にあって、改憲を急ぎたい与野党の勢力は、衆参憲法審査会だけは熱心に審議を進めている。今日の午前中も、憲法審査会幹事懇談会で議論した。

 さて、そのような国会にあって、去る5月15日の「沖縄復帰40周年式典」における上原康助氏(元沖縄開発庁長官、元衆議院議員)の発言が永田町の話題になり、波紋を呼んでいる。



 上原氏は、元「全軍労」(現全駐労)委員長、初の国政選挙(1970年)に社会党公認で衆議院議員に当選(後に民主党に移る)した経歴を有する。「コウスケ節」とウチナーンチュから慕われる演説の名手である。

 上原氏は、復帰式典での発言の際、野田総理、ルース駐日大使の目の前で大声を上げた。

 「復帰は、県民の思いと大きくかけ離れたものでしかなかった。戦前、戦中、戦後の苦難の歴史を決して忘れてはならない」と。

 日米合意のもとに、沖縄県民の意思を無視した日米両政府が進める辺野古移設、オスプレイ配備については、「民主主義社会は世論を尊重する事が基本。なぜ両政府とも沖縄県民の切実な声をもっと尊重しないのですか」と野田総理とルース駐日大使に迫った。

 私は、昨日のブログで、上原康助氏の発言には多くの県民が共感し、拍手を送っただろう、と書いた。現に、式典会場でもそのような声を聞いた。良くぞ、言ってくれたものだ。

 ただ、残念だったのは、式典後のレセプションにおける野田総理の発言を聞く限り、上原氏の切なる訴えは、野田総理の胸には響いてないようだ。(分からないんだよなー、野田総理には。)

 レセプションにおける野田総理の発言に対して、上原康助氏は、「『耳が痛い』との表現や『いろいろな意見がある』という言葉は、私の意見はごく一部であり、大したことはないと言わんばかり。そんな感覚ではだめだ」と呆れている。(5月16日付、琉球新報)

 だが、昨日と今日にかけて、式典に参加した国会議員からは、上原氏の切々とした訴えが一番心に響き、考えさせられた、との声が多く寄せられた。

2012年5月17日 14時45分

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