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沖国大への米軍ヘリ墜落から8年目、依然として続く軍事優先
 本日(8月13日)は、2004年8月13日、沖縄国際大学に米海兵隊のCH53大型輸送ヘリが墜落炎上してから満8年目である。
 あの日、あの瞬間、私は現場近くにある宜野湾市長田の後援会事務所で新里米吉県議(当時、社民党県連書記長)と協議を終え、宜野湾市中央公民館で開かれる伊波洋一市長(当時)の訪米報告会に参加する途中であった。
 駐車場で降車し、会場入口近くに到着すると、顔見知りの新聞記者が“沖国大に米軍ヘリが墜落したようだ”と言う。「こりゃー大変なことになった」と直感し、既に報告会を聞くべく着席していた市民も騒然となったので、新里米吉県議と墜落現場へ引返した。

 現場に近づくにつれ高まる消防、救急車のサイレン、煙も見えた。墜落現場を逃れる市民、現場へ向かう市民で大混雑。墜落直後から沖国大本館や墜落現場は米軍が管理・統制・警備し、間近に近づく事は不可能だ。治外法権、軍事優先が現実だ。消防車や救急車の往来も頻繁だ。

 新里県議と墜落現場から道路を隔てた住宅街やアパート屋上から検分した。顔を合わせた報道記者の断片情報を総合すると死傷者が無いことを知り、まさに「奇跡的惨事の事故」だと思った

 住宅街に飛散したヘリのプロペラを見つけ、新里県議と二人“よくもこんな所まで飛散し、人身事故が起きなかったものだ”と言いながら、プロペラに触れたり、大きさを実感していた。(直後にプロペラ部にストロンチウムという放射性物質が使われている事を知り、驚いた)

 あの日から満8年、今また欠陥飛行場普天間基地に欠陥機オスプレイが強行配備されんとしている。ウチナーンチュの人命を軽視し、米軍基地の負担と犠牲を強要する日米両政府を絶対に許す事はできない。

 今日は、市民団体、沖国大当局、沖縄平和運動センターによる様々な抗議行動が予定されている。もちろん、参加して抗議の声を挙げるつもりだ。

 ウチナーの差別と犠牲強要は受忍限度を越えた。普天間基地は、一日も早く閉鎖・返還すべきだ。

   8月13日  9時30分
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