テルヤ寛徳のブログ
照屋寛徳 社民党・衆議院議員 沖縄2区
プロフィール

照屋寛徳

Author:照屋寛徳
社民党・衆議院議員
沖縄2区



QRコード

QR



カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -



訪問者数 since2009.1.8



FC2ブログランキング

クリックをお願いいたします。

FC2Blog Ranking



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


67年目の終戦記念日 -非戦の誓いと決意 -
 67年目の終戦記念日の朝、神戸市内のホテルで目をさました。実は、今日神戸市内で「平和のための市民の集い」があり、講演を頼まれ、昨夕から神戸入りをしている。
 8月15日は、「終戦」記念日と言うか、「敗戦」記念日と言うべきか、とにかく戦争(イクサ)が終わった日である。
 戦争(イクサ)が終わった日としての終戦記念日は、当時、戦争を生き延びた人々がそれぞれに「記念日」として異なる日があるであろう。

 激しい地上戦が展開され、軍人より民間人の死傷者が圧倒的に多く、しかも、皇軍=日本軍から「集団自決」(強制集団死)を強いられたウチナーでは、6月23日日本軍の組織的戦闘終結の日が「終戦記念日」であり、「全戦没者慰霊の日」である。ヤマトの8・15とウチナーの6・23は、それぞれに重みは異なる。

 私は、終戦の年の1945年7月24日、サイパン島の米軍捕虜収容所で生まれた。「捕虜が生んだ捕虜」である。従って、この国の戦後史と個人史を重ねて、8月15日を「非戦の誓いと決意」の日、この国の植民地支配や侵略戦争を直視する日にしたい、と願っている。

 さて、沖縄在住の芥川賞作家目取真 俊が「はたして沖縄に、戦争が終わった後としての戦後はあったのだろうか」と問い、沖縄「戦後」ゼロ年の本を出版したのが、2005年でした。この本の中で目取真 俊は「沖縄差別の現実を変えない限り、沖縄の戦後は永遠にゼロのままだ」と書いている。
 その通りだと思う。残念ながら今日沖縄の「戦後」は始まってもなく、ウチナーは日米軍事同盟の「要石」として戦時状態が続いている。

 わが国政府の構造的沖縄差別によって、沖縄は「戦後」ゼロ年だ。一方で中央紙は、67年目の終戦記念日関連記事を報道している。8・15と6・23そしてゼロ年と67年、ウチナーとヤマトの埋められない溝だ。

      8月15日朝、神戸市のホテルで
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://terukan.blog44.fc2.com/tb.php/1174-b328a810



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。