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37年目の「5.15」がやってくる
 まもなく5月15日がやってくる。暦年として毎年くり返される「5.15」だが、沖縄にとっては特別な日である。1972年5月15日、本土(祖国)復帰が実現した。復帰から37回目の「5.15」が、まもなくやってくる。あっという間の37年だった感もある。

 復帰前と比べて、復帰後の沖縄は大きく変貌した。「何がどう変わったか」と問われても、一言で説明することは不可能だ。37年の時を刻んだのだから変わって当然だ。ましてや、もう復帰後世代の方が県内人口的にも多い。「5.15」を知らない世代が多いのだ。何ごとにつけても県民の意識が変わったのだ。

 復帰後、人々の意識が変化する中で、ウチナーをヤマト社会と対比して、卑下したり、コンプレックスをもつこともなくなった。シマーグワー、ウチナームン、ヤマト文化に劣等感をもつこともなく、琉球王朝いらいの文化・芸能を堂々と発信するようになった。情報発信や交交通手段の発達により、他地域との交流も活発になった。そのことは素直に嬉しい。

 だが、復帰37年、変わらないものもある。最大のそれは米軍基地の存在だ。基地(自衛隊基地を含めて)あるが故の苦悩と犠牲の強要は、復帰前と本質的に何ら変わっていない。いや、むしろ基地機能は強化されつつある。
 奇しくも今日(5月13日)、「在沖米海兵隊のグアム移転に関する協定」が参議院で否決され、議案が衆議院に返付された後、承認された。復帰後、37年を経過したのに、この国の安全保障の負担と犠牲は、今日も沖縄に押しつけられている。ヤマトの政治、経済総体からすると、未だウチナーは辺境の、無視された島にすぎないのだ。

 それでも、たとえ無視、軽視、蔑視されようとも、黙るわけにはいかない。声を挙げ続けていかねばならない。ウチナーはウチナーだ。ウチナーンチュにはウチナーンチュの尊厳がある。真の復帰は、ウチナーとウチナーンチュの人間としての尊厳が回復され、尊重される時に実現するのではないかと思う。
 
「ウチナーの未来はウチナーンチュが決める」
 そのような決意と覚悟をもって、県民と共に生き、共に闘い、政治に参加していきたい。復帰37年目の「5.15」を迎える、私の決意だ。

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