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平和、自由、熱誠 -沖縄旗の精神-
 「国旗・国歌法」が制定され、日の丸が日本の国旗と定められた。実は、1950年1月、敗戦間もない沖縄で「沖縄旗」が制定されていた。当時の沖縄民政府の初代知事が志喜屋孝信氏であった。志喜屋孝信氏は、うるま市(旧具志川市)赤道の出身で、沖縄では有名で偉大な政治家・教育者である。

沖縄旗
志喜屋家の仏前で「魂(マブイ)込め」

 私は、今赤道に住んでおり、志喜屋孝信氏の生家はすぐ近くである。自治会の有志で「志喜屋孝信赤道顕彰会」を立ち上げ、活動をしている。志喜屋知事の時代に沖縄旗がつくられた。沖縄旗は3色からなり、青(平和)、白(自由)、赤(熱誠)を象徴する。青の部分に希望を象徴する明星が配されている。当時の沖縄民政府と志喜屋知事は、この沖縄旗に沖縄(琉球)の未来を託したに違いない。”熱誠”とは聞き慣れない言葉だが、辞書には「相手のことを思う、純粋な真心」とある。
 残念ながら悲惨な沖縄戦の敗戦直後で、「沖縄旗」は住民の理解と関心を得られず、公式なものとはならなかった。いわば、幻の「琉球国旗」である。当時の沖縄は、アメリカの軍事支配下にあった。志喜屋孝信氏は、初代琉球大学(当時は琉球政府立)の学長でもある。
 昨日は、台風20号の影響による悪天候の中、志喜屋孝信氏の生家の仏前で「魂(まぶい込め)」を行った。

沖縄旗02
「沖縄旗」の説明をするテルヤ議員

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