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40年余放置された不発弾
 民家の裏庭に放置された米国製の信管付き対戦車りゅう弾の事実を知ったのは、去る4月9日の沖縄タイムス報道であった。たまたまその日は、安全保障委員会の開会日であったので、通告外であったが北澤防衛大臣に速やかな不発弾処理を要請した。

要請文手交
北澤防衛大臣に要請文を手交(4月14日午後2時30分頃、大臣室)

 その日の夜に、サイパン・テニアンへの視察に出かけたので、とっくに処理済みとばかりに思っていた。ところが、今朝の地元2紙を読み、不発弾処理の責任を巡り米軍と自衛隊で言い分がくい違い、依然として未処理のままだと知った。

 不発弾といっても、1964年米国製の信管付きである。不発弾は約40年前に民家女性の亡夫が拾ってきたものらしい。しかも、5カ月前に警察に通報済みである。発覚後5カ月間、陸上自衛隊は「処理の対象外」とし、米国製でありながら、米軍も処理を拒否したまま、うるま市も沖縄県警もどう対応していいのかわかないで、時間だけがいたずらに過ぎたようだ。

 4月9日の段階では、本島中部の民家とだけしか判っていなかった。聞けば、うるま市勝連と知り、さっそく北沢防衛大臣に面会を申し入れた。先ほど、北沢大臣も快く面会してくれた。その結果、処理責任を巡って米軍とやりとりしている間に爆発でもしたら大変だと、北沢大臣の特命で自衛隊が処理すると断言をいただいた。

 発見された不発弾は、米国製とは判明しているが、流出経路は不明である。私は、北沢大臣に米国に対し、武器、弾薬等の保管を徹底するよう申し入れるべし、と要請した。不発弾が発見された民家一体は、学校にも近く、住宅が広がる地域である。不発弾が一日も早く無事に処理される事を願うばかりだ。

 私からは、沖縄戦で使われた砲弾の不発弾処理だけでなく、戦後何らかの理由で米軍基地から流出した不発弾処理に関する防衛省内の処理基準も明定するよう求めたところ、北沢大臣も快諾してくれた。

 要請を終え、ある演劇を思い出した。私はその演劇を観る機会を失したが、演劇によると、戦果(センクヮ)を挙げようと米軍基地に忍び込み、盗み出した箱を開けたら核兵器だった、というあらすじであった。くわばら、くわばら。

2010年4月14日 18時00分

runking.gif
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