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忘れられ、放置された戦没者の遺骨
 NPO法人「戦没者を慰霊し平和を守る会」が発行した「活動の記録Ⅱ」を読んでショックを受けた。活動記録は、正式表題として「国の命令で“逝かせた”戦没者を遺族の元へ―遺体収容の現状と法整備に向けて―」となっている。偶然、議員会館居室に配られた冊子と戦没者問題報告会の院内集会の案内を読み、今日11時からの集会に参加したのである。
 「戦没者を慰霊し平和を守る会」は、レイ島、パラオ、ガダルカナル島、沖縄においてボランティアで遺骨、遺品の収集活動を行っているNPO法人だ。国内、国外に眠る戦没者の遺骨収集は、当然ながら政府の責任である。戦後63年余が経過した。しかしながら遺骨収集の現状は、個人・団体のボランティア活動に依存し、政府の責任が果たされていない。「戦没者収容法(仮称)」のような法制定も無いのが現状で、これでは国(政府)と国会(立法府)の不作為による責任も問われかねない。
 私事に及ぶが、義父(女房の父)は沖縄戦で戦死した。もちろん遺骨は帰ってこない。戸籍にも「首里方面で戦死」とだけ記載され、戦死の日時、場所も特定されていない。女房も63歳、義母も87歳を迎えた。義父は、戦後63年余、野ざらしにされているのだろうか。
 「戦没者を慰霊し平和を守る会」の活動報告書によると、未だに海外には116万人の戦没者が放置されているという。信じられない。本当に驚きだ。政府は、「戦没者の遺骨収集は終わった」と説明しているようだが、積極的な収集活動はやっていないのが現状のようだ。
 同じことは、激しい地上戦が展開された沖縄についても指摘されている。戦没者の遺骨が未収骨のまま山野に放置されているらしい。沖縄での防空壕、自然壕(ガマ)、埋没壕などの実態について国・県ともに究明されていないようである。
 私自身は、サイパン島の米軍捕虜収容所で生を受けた。沖縄で生まれた同年生の中には、旧日本軍に壕を追われ、墓の中で生まれた者も多い。沖縄戦では、お墓も戦火を逃れる場所になっていた。戦争は、戦没者にとっても、生き残った者にとっても、悲惨な体験は言語を絶するものがあり、語ることができないことも多い。未収骨戦没者とその遺族にとって“戦争は終わっていない”のだ。63年余が経過しても、「戦後ゼロ年」のままである。
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