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この思い、日本中に響け
 38年前のこの日も沖縄は雨だった。1972年5月15日沖縄が日本本土復帰を果たしてから満38年目を迎えた。38年前のこの日与儀公園で雨の中、復帰の内実を糾弾し、「核抜き本土並み返還」「基地なき平和な沖縄」を叫んだ。
 「復帰」に言い知れぬ不安を抱きつつも、平和憲法の適用を歓迎する複雑な心境のまま、デモ行進に参加した。

 復帰して38年、復帰に託した願いは時の政権によってことごとく裏切られてきた。政権交代を果たした今、また裏切られようとしている。復帰して38年、国益と国策の名の下に沖縄差別は続いている。
 38年前と今で私の立ち位置は変わった。今は、国政の場に身を置いている。ただし、一人のウチナーンチュとして政権がどうであれ沖縄差別を許さない立ち位置は変わらない。今後とも生きている限り変わることはあるまい。沖縄を差別し、ウチナーンチュの尊厳を奪う者に対して生ある限り告発し、闘い続ける覚悟だ。
 復帰38年目の5月15日「平和とくらしを守る県民大会」に参加した。梅雨空に激しく雨が降る中、大会会場の宜野湾海浜公園屋外劇場に3,800人が結集した。5月14日からの本島3コース、宮古・八重山を含めて「5・15平和行進」には延べ5,000人が参加したようだ。「平和とくらしを守る県民大会」には、韓国、フィリピン、グァムなど海外からも参加者があり、国際連帯を確認し合う場になっている。
 私は、県民大会に参加する度に思う。県外からの参加者が基地沖縄の実態を知り、考える契機としての行進参加にも意義がある。それ以上に大事なことは、行進参加で見えた基地問題、この国の安全保障の問題をわが事として、地域で職場で継続的に闘うことである。
普天間飛行場の問題にしても、沖縄県民が「県内移設」を強く拒否し闘うように、全国どこでも引き受けないならば、その事をアメリカに伝え、国政の課題として全国民で解決策を見つけるべきだ。一番重要なのは、米軍基地をどこも引き受けるところがないから、辺境のオキナワで我慢して引き受けてもらおうという発想や行動だ。
 基地撤去を求める沖縄の思い、響け、日本中に世界中に。

16日11時

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