テルヤ寛徳のブログ
照屋寛徳 社民党・衆議院議員 沖縄2区
プロフィール

照屋寛徳

Author:照屋寛徳
社民党・衆議院議員
沖縄2区



QRコード

QR



カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



訪問者数 since2009.1.8



FC2ブログランキング

クリックをお願いいたします。

FC2Blog Ranking



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


10月10日の記憶
 昨日は、2010年10月10日であった。
 1944年10月10日、県都那覇市を中心とした南西諸島全域に米軍の無差別空襲があり、那覇市は一瞬にして灰塵に帰した。

 2010年10月10日に先立つ10月9日、太平洋戦争の空襲などで被害に遭った民間人やその遺族らに対する救済法の制定を求める県内組織「沖縄10・10空襲・砲弾被害者の会」が結成された。
 沖縄では「10・10空襲」は余りにも悲惨であり、多くの県民の記憶として戦後65年を経た今日なお語り継がれる。
 戦争被害に時効はない。国は一日も早く特別補償法を制定し、救済すべきである。「10・10空襲」のこの日、県都那覇市では400年以上の伝統を誇る大綱挽きが行われた。ギネスブック認定世界一の那覇市の大綱挽きに使用されるのは、全長200m、高さ1.58m、総重量約46トンの綱で圧巻である。
 今年の勝負は、東西引き分けに終わった。
 勝負に引き分けがないのが選挙である。昨日10月10日は奇しくも豊見城市長選挙の投開票日であった。先週末の8日、9日と沖縄に戻り社民・社大・共産の統一候補である大城カツナガ氏の街頭演説に駆け回った。来月28日の県知事選挙の前哨戦との位置づけもあった。
 結果は、600票余りの差で惜敗した。自公推薦候補(現職の後継)に敗れた。豊見城市は私の選挙区ではないので、敗因について詳しく分析する材料がない。確実に言える事は、来月28日の知事選に向けて、政策の立案、有権者への訴え、選挙態勢の構築のあり方など社民・社大・共産を中心に早急な見直し、反省、総括が必要だろう。選挙は1票差でも当選と落選が決まる。「結果こそ現実」の哲学が支配する。
 「敗北に偶然の敗北なし」だ。豊見城市長選挙の教訓を生かし、来月の知事選挙では何としても勝利したい。宜野湾市長選挙も。

11日11時00分

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://terukan.blog44.fc2.com/tb.php/602-eea96aad



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。