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沖縄戦は続いている・・・。
 悲惨な沖縄戦は65年前に終わったはずである。いや、間違いなく終わった。だが、沖縄県民の日常生活の中に沖縄戦は続いている…?正確には、沖縄の戦後処理は終わってない、というべきか。

 昨日、那覇市首里鳥堀町の住宅建築現場で見つかった米国製8インチ艦砲弾の不発弾1発が陸上自衛隊によって爆破処理された。

 地元紙は、住宅密集地で不発弾が爆破処理されたのは国内で初めてだという。待てよ、先にうるま市勝連で発見されたのは、住宅敷地ではなかったのか。それともあれは、戦後、米国製の持ち込まれた砲弾というわけか。どちらも住宅地域で発見され、爆破処理された不発弾には違いない。

 今回、那覇市首里鳥堀町で発見された不発弾処理のため、処理現場から半径300メートル、約1,140世帯、40事業所の約2,850人が避難した。午前8時に避難が開始され、避難解除は午後5時41分である。テレビ報道では、避難を強いられた住民らが「沖縄戦を思い出した。沖縄戦は終わっていない。」などと語っていた。

 現在のペースで不発弾処理が進んでも、沖縄戦で投じられた不発弾処理に、あと70年を要すると推測されている。気が遠くなる年月だ。何故、戦後処理事業としての不発弾処理が遅れたのか。はっきり言って、国の責任が重大である。不発弾発見のための磁気探査、爆破処理及び爆発事故の補償を国が放置し、十分な対策を講じなかったからである。

 私は、県民は不発弾を枕にして寝ているようなものだ、とブログに書いたことがある(糸満市の爆発事故の際)。決して大袈裟ではない。テレビや新聞で避難所の高齢者の不安そうな姿に接すると、つくづく沖縄戦は続いていると思う。

2010年10月18日 15時15分

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