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「チェルノブイリの祈り」と「フクシマの怒り」
 昨日(4月26日)は、旧ソ連・ウクライナのチェルノブイリの原発事故が発生してから満25年を迎えた節目の日であった。チェルノブイリ原発事故の大惨事の状況は、遠く離れた沖縄に住む私にとっても、ずっと記憶の淵に残っていた。

 チェルノブイリ原発事故から25年の時を経て、わが国で福島第一原発事故の大惨事が発生した。原発事故の国際評価尺度では、チェルノブイリも福島第一原発事故も、同じ最悪の「レベル7」である。「レベル7」は、現行国際評価尺度の最大のランクである。私にとっての、記憶の映像は、チェルノブイリよりも福島第一原発事故の方が生々しく、すさまじく、圧倒される。接する情報量の著しい違いによるものだろう、か。

 チェルノブイリ事故で、汚染除去作業に志願、従事したセルゲイ・ベリヤコフ氏が次のように語っている。

 「あの事故は、地元では『戦争』と呼ばれていた。通常の戦争では、敵は目に見える。私たちは、放射能という、目に見えない敵と戦った。」

 セルゲイ・ベリヤコフ氏は、事態収拾のためのがれき除去や原子炉建屋の屋根部分での作業について、「私たちは、チェルノブイリで、地獄の門へと駆け上がった。誰もが恐怖で体が震えていた」(4月27日、朝日新聞朝刊)

 読んでいてなるほどと思った。福島第一原発事故も、まさに「戦争」であり、自然災ではなく人災である。福島第一原発事故から今日で48日目。原発事故被災者をはじめ、多くの方々が目に見えない、臭いも無く、色もつかない放射能の恐怖と闘っている。

 チェルノブイリ原発事故から25年目の昨夜、「憲法行脚の会」主催の「チェルノブイリ原発事故から25年目に日に ~今こそ脱原発の道を歩もう」集会に参加した。

 集会では、講談師の神田香織さんによる「チェルノブイリからの祈り」の講談を初めて聞いた。神田さんの語りに深い感銘を覚えた。評論家の佐高信氏の「原発文化人と東京電力」の講演も良かった。知らない事が多く、良い勉強になったし、改めて正義感に熱い佐高氏の博識ぶりに感激した。

 宿舎に帰ってテレビニュースを観ていると、東京電力本社前で出荷停止や風評被害で苦しむ福島県、茨城県の農畜産家らの怒りの抗議の場面が出た。私自身、貧農の三男坊ゆえ、農民らの怒りには共感する。いや、東京電力に対する怒りは、農民や漁民だけではない。多くの被災者、多くの国民が怒っている。もはや、脱原発と再生エネルギー社会への転換こそが生き延びる可能な道だ、と信ずる。

 世界各地でチェルノブイリと福島第一原発事故を教訓化し、脱原発へ向けたデモや集会が行われた事にも勇気を得た。

2011年4月27日 10時30分

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