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「沖縄全戦没者追悼式」における菅総理と横路議長の挨拶
 沖縄戦終結から66年目の昨日の「慰霊の日」は、沖縄中が鎮魂の祈りに包まれ、香煙が絶えなかった。私も、沖縄県主催の「沖縄全戦没者追悼式」に出席し、献花のうえ、御霊に不戦と沖縄の平和創造を誓った。

 例年のように、「追悼式」の前に「平和の礎」を訪ね、義父・東上門清光の刻銘を泡盛で清め、線香を立て、今年は孫(義父にとっては5人目の曾孫)寛地(かんち)誕生を報告した。

慰霊の日
義父の刻銘に手を合わせる

 県主催の「追悼式」を終え、沖縄戦で犠牲になった3万5千余柱の御霊が祀られている「鎮魂の塔」を参拝した。その後、那覇市識名霊園内で「南洋群島戦没者慰霊祭」に参加した。私は、サイパンの米軍捕虜収容所で出生し、兄1人がサイパンで餓死、他にも多くの親戚を失っており、毎年出席する事にしている。

 焼香を終え、帰ろうとすると、長男・大河君一家に出会う。「出席するように」と特に頼んだ事はないが、自発的に参加してくれたらしく嬉しかった。いつの日か、亡き父母が苦しい時代を過ごしたサイパン、テニアンを訪ねてほしい。

 私は、昨日のブログで菅総理の「追悼式」出席に関連し、「菅総理に沖縄戦の戦没者の御霊を慰める資格はあるのか」と疑念を書いた。案の定、「追悼式」における菅総理の挨拶は、形式的で、言葉が軽く、しかも空虚で、参列した遺族や県民の心に響くものではなかった。予想しえたとはいえ、正直落胆した。

 菅総理は、挨拶で「尊厳と命を守ることが政治の任務」「沖縄だけ負担軽減(基地の)が遅れている事は慙愧に堪えない」等と述べたが、県民の尊厳を侵し、命を危険にさらす政治を現にやっていながら、そんな事を言うのか、と虚しさを覚えた。当然ながら、菅総理の挨拶は、沖縄の基地問題解決への決意と覚悟はなく、基地負担軽減への具体的な方策への言及もなかった。

 一方の横路衆議院議長の挨拶は、参列した遺族や多くの県民の胸に重く、深く、共振した。横路議長は、「集団自決を強いられた沖縄の悲劇を忘れてはいけない」と述べ、大江健三郎氏の「沖縄ノート」や、米議会で急浮上する嘉手納統合案への疑念にも言及し、「沖縄の基地負担の軽減が進んでいないこと」に遺憾の意を表明した。横路議長の挨拶は、控えめながら政府の沖縄対応の不適切さを批判したものと私は受け止めた。菅総理の挨拶に比べ、横路議長の挨拶の方がはるかに遺族や県民の心に響いた。
 
 私は、昨日、前記慰霊祭以外に「連合2011平和オキナワ集会」「南洋群島帰還者会総会」などにも出席したが、そこで出合った方々から寄せられた“声”でもあった。

 6月24日付の琉球新報に菅総理や横路議長らの挨拶に対する琉大名誉教授比屋根照夫氏の談話が掲載されている。比屋根教授は、「メア発言」など、沖縄問題を近・現代史の視点で、日頃から鋭く、深く、辛口の論評を行っているが、「追悼式」での両者の挨拶についても、私の感想と同じような談話を寄せている。

2011年6月24日 13時56分

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